http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/86511d76663734ad5d6057b791fc3cf9
池田信夫blogに槌田敦氏の「温暖化の脅威を語る気象学者たちのこじつけ理論」という論文が紹介されている。「地球温暖化で大変だ!」と一色に染まりきらないのは、社会に健全性があるということだ。コンピュータの2000年問題で騒ぎは結局ほとんど問題にならなかったことを思い出す。
わたしもCO2さえ減らせばよいというような風潮には疑問がある。この風潮が自然破壊とCO2をさらに吐き出すバイオ燃料を作り出している。
ただ、槌田敦氏の論文で紹介されている屋久杉の安定炭素同位体から明らかにされた歴史時代の気候復原図というもので、過去の気温の変化をあらわしているが、おかしい。(元データは北川浩之氏)
横軸はリニアスケールで、江戸より前は上下変動が非常に激しいが、江戸から明治より後になると、上下変動が少なくなる。明治より後の時代は温度計がそのまま使えるので、これは温度計のデータなのであろう。そうでなければ嘘といわれてしまう。
温度計のデータと屋久杉の安定炭素同位体から類推される温度のデータを重ねたものはあるのであろうか? その相関が照明されない限り、江戸時代より前のデータの信頼性はなく、「奈良から平安にかけて温度が急激に上昇している云々」は信頼性がない。屋久杉に信頼性があるならば、これからの気象測定は、温度計を捨てて、すべて屋久杉のデータを使えばよい。
仮に明治以降も屋久杉の安定炭素同位体から類推される温度のデータであり信頼できるとしよう。縦軸の内容を全く伝えず、グラフの波形分析をしろといわれた学生は、250年より前のグラフと、250年より手間のグラフの双方にFFTをかけると明らかに違う点を見つけるであろう。250年より前のデータでは30年から80年周期の成分が非常に大きいが、250年前より手前の同じ周期を持つ成分が激減していることがわかるはずだ。30年から80年周期の成分はノイズに過ぎないという主張であるとすると、なぜ奈良から平安にかけての温度上昇というデータはノイズでないのか分からなくなる。一般的にS/N比の悪いデータからSignal成分を取り出すことは難しい。
このデータの見るべき点は、温暖化よりも、なぜ江戸から明治になって気温が「安定化」しているのか、してしまっているのかということである。工業化が急速に進んだ時期と、温度が「安定化」していることに明らかに相関性があることを見るべきであり、すぐに調査を始めるべき事項である。
さらに何本の屋久杉のデータなのだろうか? 天然記念物にあまり手はくわえられないはず。また、屋久島という狭い地域のデータである。モノにはばらつきが存在するということを知っているのだろうか? たとえば1000年後の人間が、現在のオーストラリアの雨量を何らかの方法で知ることができたとするとき、そのデータだけを取って、西暦2000年ごろの地球は干ばつ状態であったというような結論を出すことと同じだ。
槌田敦氏は,この北川浩之氏のデータを引用しているが、前提になるデータが疑わしいと、その後の論文の展開は意味がなくなる。
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